スピリチャルとの出会い(白子町、白子海岸)

ある日、妻とふと海に行きたいと私から言った。

 

二人では年に1回も海には出かけない。

海に行くまでの選択がいくつかあった。

 

東金から片貝県道を通り、九十九里の海岸、

蓮沼の海岸、白子の海岸がある。

なぜか白子海岸へ行くことに決めた。

 

ここは、私が千葉県トライアスロン連合の理事の時に、

茂原市の方とトライアスロンを主催した地域だ、

村おこし的な企画で、

 

千葉県トライアスロン連合、白子観光協会、

ホテル、教育委員会、

白子町役場が全面的に協力してくれた。

 

残念ながら急遽プール使用ができなくなり、

ディアスロンに変更、

料金を3分の1返金し大会を主催した。

 

終わってみれば、

選手皆さんの同意、

 

大会運営のすばらしさにより、

クレーム一つない大会となった。

 

とても思い出深いところだ。

その海を見てみたかった。

 

到着すると、

海にはサーフボートが一つ、

サーファーが2人、

 

駐車場に数人、

浜辺に数人の人がいた。

 

9月も終わり、

土用波が立ち、

海はかなりうねっていた。

 

風が強い少し歩いたら妻がもう帰ろうという。

 

せっかく来たのだから、

もう少し先に行ってから帰ろうと

提案しそうすることにした。

 

風が強く寒さを感じる、

引き返す途中に、

妻が海から声が聞こえるよという。

 

見ても波が大うねりで、

ゴーという波の音しか聞こえない、

 

確かに聞こえるという、

耳を澄ますと声が聞こえた、

 

海をよく見ると、

波間に頭が出たり隠れたりしている。

 

このとき非常に冷静になれた、

戻ってこれるなら両手で丸、

 

戻ってこれなければ地両手でバツと大声で叫んだ、

海の中の人はバツを出した。

 

2人いたサーファーはいない、

すぐに助けに行こうと思ったが、

 

コンタクトレンズを入れているので、

海に入り流されたら、方向が全くつかめない、

 

岸にいた数人に、

ゴーグルはないか聞いた。

 

ないという、

おぼれている人がいるから助けに行く、

 

警察、消防、レスキュー

すべてに連絡するよう指示を出す。

 

すぐに、

駐車場に行き数人にゴーグルがないか聞く、

ないという。

おぼれている人を助けるといった。

 

その人たちは、

この時期この海でパラフライダーをしていた。

 

今日の海は絶対に入るな、

みお(離岸流)に引き込まれ

何人もなくなっていると忠告された。

 

彼らに説明している暇もない、

海に戻りジーンズを脱ぎ、

パンツ一枚になった。

 

さらに右に数十メートル流されている。

 波は荒れ狂っている、

非常に冷静だった。

 

コンタクトが外れたら戻る。

私は死なない、

絶対に助けるという確信があった。

 

一人で海に入る直前、

黄色いものが目に入った、

それは何だ。

 

瞬間に膨らむ救命胴着だった。

 

これを付けていけ、

一瞬私は躊躇した、

波が荒れているので胴着があると沖へ出れない。

 

しかし、

なぜか胴着をはおっていた。

 

何度も波に押し返された。

前にはいない、

もう沈んだのか?

 

手に引っかかれという思いで、

懸命に泳いだ、

いない、大声を出した、

 

さらに右の方角から声が聞こえた、

今行くぞ!捕まえた、

 

前からつかむと抱き着かれ沈む恐れがあったので、

首をつかんで泳ごうとした。

 

沈んでいく、

ぎりぎりまで頑張ったんだと思った。

 

前を向かせ顔をあげ、

背負うような形で右手だけで泳いだ、

 

幾度となく、

もう大丈夫だ、

水泳の達人だから、

 

この救命胴着があるから、

俺につかまっていたら流されてもヘリが迎えに来ると。

泳ぎながらずーとしゃべっていた。

 

岸についたときには、

救急車、警察、が到着していた。

妻は泣いていた。

 

このときはじめて心配かけてすまないと思った。

おぼれた方は、救急車で運ばれた。

後日彼はお礼に来た。

 

彼は北海道の小樽の海でサーフィンをしていた。

夏の小樽の海は波がなく普通に泳げた。

 

東京で会社勤め友人に良い波がでる

九十九里の海を紹介され、

当日は、会社に車を借りてきた。

 

波が荒いのでサーフィンをあきらめ

海で泳いで帰ろうと海に入り、

 

離岸流につかまって、

沖に流され、戻ろうと15分もがいていた、

 

私が声をかける寸前に、

体力がつき死を覚悟したらしい、

 

車を借りた会社の方、

両親に最後のお別れを言っていたそうだ。

 

そこに、私が声をかけ、

助かると思ったそうだ。

 

のち茂原署から人命救助の賞状を頂いた。

 

これが、スピリチャルを信じるようになった

10年前の出来事であった。

 

すべてが必然。

すべてが決まっていた。

相手も私も生かされた理由とは。

 

今ヨギであり、

ヨガの哲学を教えていることに繋がっている。

 

考えてみれば、このような、

恐れを知らない行動を自分の正義だと信じ行ってきた。

 

自分の正義が正しいかどうかはわからない。

が信念が恐怖を貫くことはわかる。

 

スピリチャルとは魂の領域を超えた

純粋意識世界であることがいま分かる。

 

だから言葉ではとうてい説明できない。

体現したものにしかわからない。

 

何が何でも助ける、私は死なない。

すべてが整った瞬間を体験した。

 

これは、助けた人、

助けられた人という見方ではない、

 

お互いがスピリチャルレッスン(魂を磨く)をするために

必要とされ設定した出来事であった。

 

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